糖尿病、生活習慣病の専門医院 松本市・多田内科医院

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多田久也のコンサート放浪記

(6)ウイーン音楽会の旅
2012年12月30日
 私は今、ウイーン国立歌劇場の正面2階にある貴賓席の中央の席に腰掛けている。かつてオーストリア国王が座った席なのである。舞台の幕、高い天井、聴衆の様子、ウイーン風のざわめき、音合わせをしているフルートやクラリネットの音。確かにウイーン国立歌劇場にいるのだという満足感がふつふつと胸の奥から湧きあがってきた。世界最高のこの音楽の殿堂に私はまた戻ってきたのだという喜びの念に陶然とするばかりである。いよいよ場内が暗くなりComelius Meisterという意外に若い指揮者が入ってきて、モーツアルトの「魔笛」がはじまった。元気いっぱいの溌剌とした序曲である。オペラの良し悪しを決める要因はいくつかあるだろうが、よほど特別な指揮者が登場しない限り、歌手陣と演出とが重要な要素であると思われる。その点今日の演出には少々落胆せざるを得ない。舞台は必要以上に照明が強く、壁や床が斜めに傾いている箱状に設えられている。オペラをかじり始めたばかりの私のようなものにとっては、古典的でオーソドックスな演出のほうがありがたい。少し神秘的な雰囲気を感じさせるものであればなおさら望ましい。このごろの演出家は斬新で奇抜な演出をやりたがるという。しかし、今日の舞台では歌手の衣装が現代風ではなかったことには救われた。背広を着たタミーノなんかが出てきたら堪ったものではない。幕が上がりパパゲーノ次にタミーノが登場した。ふたりともなかなかいいぞ、と思う。ところが、夜の女王が歌い出した時、私でさえこれは危ないのではないかと心配になった。声の出が悪く、やや遅れがちで、やっとついて行っているという具合である。はたして、あの第2幕の有名で難しいアリアが上手にできるだろうか、いやこれでは無理なのではないか。そんなふうに感じながら観ていたが、場内の異常な温かさと疲れとワインの酔いが一致団結して、私の意識を次第に夢の中へいざなおうと攻撃してきたのであった。
 今回の素晴らしい席をとってくれたのは、友人で美人ソプラノ歌手の真千さんである。発売日の早朝から並んでチケットを取ってくれたのだという。ありがたい。そして、昨日と今日の2日間私達に付き合ってくれたのである。今日は朝から車でウィーン郊外を案内してもらった。ドナウ川沿いの街道を1時間ほど走るとワイン畑が現れた。左は悠々たるドナウ川、右はワイン畑のなかに赤い屋根の農家や小さな教会が点在する美しい村々。まるで、ルノアールの絵画の中に入り込んでしまったかのようだ。そして、丘の上にはDurunsteinという中世そのままの小さな村が、冬の眩しい陽射しと透き通るような冷たい微風の中にひっそりと忘れられたように佇んでいた。古い小屋のようなホイリゲ(ワイン農家の食堂のようなもの)に入ると、20人ぐらいの老人たちが男性と女性に分かれて集会の真っ最中であった。女性たちはコーヒーでおしゃべり、男達は午前中からワイングラスを持ちながらトランプをしたりパイプ自慢をしたりして、みんな赤い顔をしてご機嫌の様子だ。ワイン農家の人々の集会が、おそらく1世紀以上前から日曜日の教会帰りに、ここでこのように開かれてきたのであろう。私達も心地よい雰囲気の中で、この中世の空気に同化し、この村でできた白ワインを無言で味わっていた。午後はさらに足をのばし、Melk修道院を見学し、夕方ウィーンに戻ってきたのである。今晩は真千さんも誘って一緒にオペラを観ることにしている。夜7時からオペラがはじまるので、夕食は早めの時間に“プラフッタ”という有名なレストランへ。私はウィーンを訪れるたびにこのレストランに来るのを大きな楽しみとしている。目的はターフェルシュピッツである。銅の大きな鍋が2つ出てきた。私達は3人であるが2人前で十分なのである。まず、鍋から上質なコンソメスープと野菜を取りわける。スープ皿にはあらかじめソーメンのようなヌードルが入っている。大好物なのでズーズーズルズルとすする。私ぐらいになると、周りの眼など全く気にならない。それをおかわりした後は、十分煮込まれて柔らかくなった牛フィレを取り出しいろんなソースをつけて食べる。私はいつもわさび入りのりんごソースをたっぷりと載せる。少しどろっとしたポテトサラダも良い。ビールやワインがいつもよりうまくなるのは言うまでもない。したがって、オペラ座に着いた時には満腹ほろ酔い気分なのであった。
 現実と夢の中を行ったり来たりしているうちに第1幕が終わっていた。幕間の休憩で、マーラー・ザール(ゴブラン織りの間)という絢爛豪華な広間でシャンペンを片手に、真千さんの解説がはじまった。「パパゲーノはまあまあの出来で、タミーノが素晴らしかったですね。難しい役なのに声が良くのっていてキレも良かったです」「そういえば真千さんが一番先にブラボーを叫んでいましたね」「夜の女王が危なかったのはわかりましたか」「高い声が出ていなかったようですが」「若い指揮者が張り切りすぎてテンポが速くなり、うまく息継ぎができなかったようです。後半はきっと良くなりますよ」「それにしても変てこな舞台でしたね」「この演出は4年前から同じなんです。あまり評判は良くありません。奇をてらうような演出はこの歌劇場だけはやってほしくありませんね。ウィーンの人達はみんなそう思っています」真千さんの言うことには些かの曖昧さもなく、言葉の語尾までが明晰に感じられる。はたして後半、夜の女王は見違えるようにうまく歌い、あの難しい有名なアリアも成功した。パパゲーナが老女から少女に変身する場面、オーケストラのメンバーが振り返って舞台を見入っていたのが印象的だった。

12月31日
 大晦日のウィーンの人々はあわただしい。ほとんどの店が午後閉まってしまうからだ。私達は朝から、大通りの喧騒を避け小路(gazzeガッゼ)を歩き回った。ランチは、混雑している食堂には眼もくれず、グラーベン通りの突き当たりにある“ユリウス”という高級食品スーパーの地下にあるケラー(ワイン居酒屋)に飛び込んだ。ここは数日前覗いてみたときに、清潔で雰囲気の良い佇まいが気に入って、ここに来ようと狙っていたのね。スモークサーモンやハムの小ぶりのオープンサンドで白ワインを2杯飲む。元気が出たところで再び小路を歩き回り、面白そうな店をひやかしたり、気に入った小物を見つけては自分用のおみやげにしたりする。看板専門店で丸い木に猫顔が描かれたのを手に入れたときは、嬉しさのあまりスキップして帰ってきたものだ。ウィーン旧市街の小路歩きは実に楽しいものだ。今回の滞在ではほとんど観光もせずひたすら小路歩きに熱中したのであった。今晩も7時から「こうもり」なので、夕方5時に“ステーキポイント”というレストランに入った。大晦日に開いている数少ないレストランの1つで、昨日真千さんに予約してもらっていた。2年前に私が偶然見つけた店で、今回は通算3回目になる。ガイドブックにも載っていない小さなごく普通の店であるが、我が人生でこれが最高のステーキだと思っている。厚く柔らかくて脂がなくて肉の匂いがぷんぷんして、そして安い。赤ワインを1杯だけで我慢しておく。
 さて、服と靴を換えて、国立歌劇場へやってきた。今日は緑の蝶ネクタイにした。席は平土間の6列目左方。またしても素晴らしい席である。オーケストラピットを見ると知人のヨハン・ストレッカー氏がトロンボーンの音合わせをやっていたので「おーい」と手を振った。彼はすぐに気付き「よく来たな」というように頷いて親指を突き上げて挨拶をよこした。大晦日のウィーン国立歌劇場は昔から「こうもり」と決まっている。私は2年ぶり2回目。もう30年以上も前からオットー・シェンクの演出のものが続いており、これも1つの伝統になりつつある。ミュンヘンの国立歌劇場におけるクライバーの「こうもり」はDVDとなって、人類の至宝というべきものであるが、この演出もオットー・シェンクであった。クライバーとシェンクは才能を認め合った友人であったのだ。場内が暗くなり、ヴェテラン風のStefan Soteszという指揮者が入ってきた。音楽も歌詞もわかっているし、演出もお馴染なので鑑賞する方としては何も気負うところがない。ウィーン本場の「こうもり」をただ堪能できればよいと思っている。だから細かいところに目くじらを立てるつもりはないのであるが、ついいろいろと言ってみたくなる。音楽も演出も歌も申しぶんないが、配役がよくないと思う。アイゼンシュタインとロザリンデは夫婦として釣り合いが全く取れていない。アイゼンシュタイン役は2年前と同じMarkus Werbaという歌手だ。彼は歌が上手で演技もうまいが、若くてハンサムで長身でスリムである点が良くない。つまり、かっこよすぎるのである。アイゼンシュタインはもっと中年男で貫録がなくてはいけない。ロザリンデ役のAlexandra Reinprechtはグラマーで迫力はあるが、もう少し美人で上品で優雅な雰囲気をかもし出さなければいけない。オルロフスキー男爵はもっと神秘的で気難しく、アルフレードはもっといい男でなければ務まらない。オペラの配役は主として声と歌で決められるので、見た眼でも理想的な配役を揃えるのは難しいことに違いない。もし仮に、私がイメージする日本人の配役をあげるとすれば、アイゼンシュタインは三枚目を演じる時の佐藤浩一、ロザリンデは藤原紀香、アデーレは貫地谷しほり、オルロフスキー男爵は野村萬齋、フロッシュは北野たけしというところだろうか。
 華やかで楽しい「こうもり」が終わり、満ち足りた気分で外へ出るともう11時を過ぎていた。そうだ、楽屋口に行ってみよう。そんなに簡単に行けるのかって?音楽ショップのアルカディアの隣にあることはもう知っているんだ。もう通だからねえ。外からドアの中を覗くと、すでに数人のファンがたむろしていて、その中の一人の青年が手招きして、私達にも入れ入れという。ウィーンフィルはとっくの前にトンズラしていたが、歌手陣がぱらぱらと出てきた。素に戻ったロザリンデは、その人がロザリンデとわからないぐらいオバチャン化しており、アイゼンシュタインはやはりスマートでかっこ良い男であった。私はふたりとしっかり握手しましたね。愛想が良くてにこにこ顔のアイゼンシュタインはなぜか、妙齢の日本人の和服美人と手をつないで夜の街に消えていった。さっきの舞台でロザリンデに叱られたばかりなのに、懲りないでまた続きをやっているらしい。
 もうすぐ年が明ける。すでに、市内のあちこちから花火が上がっている。オペラ座の前やケルントナー通りは多くの人でにぎわっている。いつの間にかワルツがどこからともなく流れてきて、それに合わせて踊っているカップルもいる。ときどき、すぐ近くの路上でボガーンと花火が爆発するので、そのたびにビックリする。周りの人々が抱き合ったりワインの瓶で乾杯などやり始めた。あれ、いつのまにか年が明けたらしい。カウントダウンも何もない大雑把な正月のウィーンの街の喧騒の中、私達はいつまでもあてもなく小路を歩き回っていた。

2013年1月1日
 朝が弱い私であるが、朝7時にパキッの眼が覚め「ご飯を食べに行こう」と叫んだ。ニューイヤーコンサートが開かれる朝である。今朝のグランドホテルの食堂は数日前と違い、日本人でいっぱいだ。納豆も卵焼きも鮭もみそ汁も、もう何も残っていない。それでもご飯が食べたい私は、わずかに残っていたきゅうりのキューちゃんをかき集め、ご飯の上にのっけた。周りのテーブルでは音楽会の話題で持ちきりだった。私はいつも個人旅行なので、旅先の同邦人と仲良しになることはほとんどないが、隣のテーブルのご夫妻が同年代で感じの良い方だったのでお話に加わってみた。横浜の手塚さんご夫妻は、昨晩ウィーンフィルのジルベスターコンサートに大感激したのだという。もう一度観たいほど良かったのだという。ウィーンフィルの年末年始の演奏会は同じ演目で3回開かれる。12月30日は軍人を招待して開かれ、大晦日はジルベスターコンサートとして催され、元旦の朝がテレビに映るニューイヤーコンサートなのである。演奏された曲目をお持ちだったので見せていただき、注目されていた曲の感想もお聞きし大変参考になった。その隣の鈴木さんご夫妻はちょっと違ったタイプの人達である。「主人は音楽が全く分からないけど連れて来たのよ。ねえあなた」旦那は下を向いて「うん、うん」と頷くばかり。手塚夫人が「指揮者のメストはいつになく明るい表情で・・・」と話しかけても、鈴木夫人は「外人さんはきらきらの衣装でしたか?」と、少し話がかみ合わない。「シュトラウス一家はワーグナー好きで・・・」「やっぱりロングドレスを着る人が多いのかしら・・・」「今年は初めてヴェルデイの曲が・・・」「汗をかくといけないからメークは・・・」鈴木夫人は音楽よりもファッションの方が気になるらしい。ちょっと待ってくださいよ。私のファッションだってまんざらではないぞ。スーツはイッチョウラのありきたりのものだが、蝶ネクタイは自慢の銀の柄物、靴はイタリア製だよーん。
 午前11時開演なのでホテルを10時に出る。良い天気で氷点下2,3度の清冽な寒気が頬をぴりぴりさせ、まことに気持ちが良い。楽友協会まで歩いて5分の距離だが、ゆっくりゆっくりと何かをかみしめるような気持ちで歩いて行く。楽友教会の前の広場には多くの人々が入場を待っていた。きらびやかな空気が漂っている。100メートル先のカールスプラッツ公園の一角からこちらを睨みつけているブラームス像に一礼してから、姿勢を正し2回深呼吸をして入場した。その瞬間から私はすっかり夢の中に入ってしまった。大ホールにはたくさんの花が飾られ、天井と壁の黄金色がまぶしく、ツンと澄まして立ち並ぶ女神像も全身黄金色に染まっている。フランツ・ウェルザー=メストが登場し1年に1度の最高に華やかな音楽会がはじまった。現在の世界の音楽界でメストほどニューイヤーコンサートにふさわしい指揮者はほかにいないのではなかろうか。メストは2年ぶり2回目の登場であるが、私も同様2年ぶり2回目である。2年前は7列目中央の席だったので、テレビカメラを意識して私自身も硬くなって緊張していたが、今回は18列目なので気が楽である。2台のテレビカメラが天井のレールを走りまわり、設置されている数台のカメラは常に方向を変えている。1曲目スープレットポルカ、2曲目キス・ワルツ、3曲目劇場カドリーユと、初めて演奏される知らない曲が続いていく。メストはシュトラウス一家の音楽を愛しており、何百曲のワルツの中から、まだ演奏されたことがないいい曲はないかといつも研究しているのだそうだ。2年前のメストは緊張のあまり表情も硬かったが、今回は穏やかな笑顔を見せ、2曲目の終わりには投げキッスまでやってみせた。それにしても、このホールで聴く音の素晴らしさを私は言葉に言い表すすべを知らない。まるで、あたかも大きなヴァイオリンの中に入り込んでしまったかのような気分なのである。実際、観客席の床下は空洞に造られているらしい。
 前半のハイライトは「天体の音楽」だ。話はそれるが、私はこのニューイヤーコンサートを毎年テレビでもう30年ぐらい観ている。そのなかで私が選んだ名場面ベスト5を紹介しよう。⑤2002年小澤征爾の「美しき青きドナウ」:この曲にこれほど似合わない雰囲気の指揮者はいないが、日本人として誇りに感じた④1880年代(正確な年は忘れた)ロリン・マゼール:指揮者自らヴァイオリンを弾きながら指揮をした楽しさ抜群の場面 ③1989年カルロス・クライバーの「こうもり」序曲:ウィーンフィルが緊張の際に達したと言われている。この曲の最高峰 ②1987年カラヤン:キャスリーン・バトル独唱による「春の声」①1992年クライバー:「天体の音楽」で人々が宙に浮いた直後、「稲妻のポルカ」で雷に打ちのめされてしまった場面。
 メストの「天体」では身体が宙に浮くことはなかったが、端正で清らかな演奏であった。休憩に入ると会場内のほとんどの聴衆は外へ出て行ってしまう。売店へと急ぐのである。廊下では有名人と思われるマダムなどがテレビ局のインタヴューを受けている。私も映ろうと思いカメラに顔を近づけたが、邪魔者扱いにされるばかり。売店は大混雑である。不思議なことであるが、日本のように1列に並ぶことはなく、てんでバラバラにわれさきに注文している。私も負けないように手を伸ばしてエビとチーズの小さいオープンサンドとシャンペンを2つ手に入れた。広間は立錐の余地もなく立て込んでいるが、全員が幸せそうな表情を浮かべている。私達もきっとそのような顔をしているのだろう。シャンペンを片手に妻と話していると、後ろの人と背中がぶつかった。きれいなドレスのご婦人が振り返って「失礼」と言う。あれまっ、どこかで見たことがあるようなマダムだ。なんと、あのジュリー・アンドリュースではないか。さて、後半。この演奏会のクライマックスはワーグナーの「ローエングリン」第3幕への前奏曲であるに違いない。メストがそれぞれの楽器演奏者にぬいぐるみを渡す幻想曲「エルンストの思い出またはヴェネツイアの謝肉祭」に笑い、「美しき青きドナウ」に酔い、「ラデツキー行進曲」で手拍子を打ち、カーテンコールに立って拍手し、夢のコンサートは終わった。終わってしまった。会場内に飾ってある花は持ち帰っていいので、白とピンクのバラを5本抜き取った。最後の一夜となるホテルの部屋を飾るつもりである。

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