糖尿病、生活習慣病の専門医院 松本市・多田内科医院

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多田久也のコンサート放浪記

(13)最後の“サイトウキネン フェステイバル マツモト”
■ふれあいコンサートⅠ 8月23日 (ザ・ハーモニーホール)

 横浜の友人、手塚ご夫妻と会うことになっている。友人といっても、まだ1度しか会ったこのない人なのである。平成25年元旦、ウィーン グランドホテルの朝食の席で隣り合わせになったのがきっかけで文通するようになり、今日は1年8カ月ぶり2度目の再会となる。手塚ご夫妻はクラシック音楽をこよなく愛しており、音楽に対する真摯な態度には頭が下がる。たとえば、私などはウィーンでの音楽会の日でも日中はへとへとになるまで観光などで遊びまわり、夕食をお腹いっぱい食べワインで酔っぱらってしまうが、手塚さんは違う。精神的な芸術性を高めるために美術館や博物館で時を過ごし、夕食は軽くすませ、音楽の集中力の妨げになるアルコールは決して飲まないという。そして、いつも冷静に音楽の良し悪しを評価できる理論家である。手塚さんとはザ・ハーモニーホールの入口で待ち合わせをしているが、はたしてお互いにすぐ認識できるだろうかとずっと心配していた。なにしろ、1年8カ月ぶり2度目の再会なのだ。しかし、それは杞憂に終わった。お会いした瞬間、私達の周りにウィーンの風が吹きまわったのだ。
 前半はメンデルスゾーンの弦楽五重奏曲第1番という珍しい曲で、クレモナの金森氏によると、録音されたCDはないという。メンバーはヴィオラの今井信子を中心とした5人で、人気者のチェリスト宮田 大が注目される。予習できなかったため、音楽をただ漠然と受け止めることしかできないのが残念だった。メンデルスゾーン初期の作品と思われ、バロック調の音楽であった。演奏者のすさまじい気迫と会場の熱気あふれる緊張感とが合わさって、名演奏となった。5人とも音を強く響かせるのだが、それでいてけっして雑にならず、バランスが良く保たれているのがわかった。今井信子の統率力のなせる技であろう。注目の宮田 大は、初めから難しい高音のパートを情熱的に弾き、存在感を示した。第2ヴァイオリンの後藤和子は小柄な体を、時には椅子から立ち上げたり、椅子の後ろにのけぞらせて両足を宙でバタバタさせたりして、私はこの人が椅子ごと後ろにひっくり返ってしまうのではないかとハラハラしていた。後半は、ドボルザークの弦楽セレナーデである。と、私はずっとそう思って、クレモナでCDを買って予習してきたのだが、舞台に登場したメンバーを見てびっくりした。コントラバスを除く全員が管楽器奏者なのだ。弦楽セレナーデではなく管楽セレナーデなのであった。
 演奏会の後は手塚夫妻とフレンチレストランH.N.で、ウィーンや音楽の話で盛り上がり、楽しい一夜を過ごした。思い出に残るサイトウキネン初日であった。


■オペラ ファルスタッフ 8月26日(まつもと市芸術館)

 オペラには関係ないが、この10日前、ベルギー ブリュッセルで“ファルスタッフ”という名前のレストランに入った。古いアールデコ様式の店で、高い天井からランプが下がり、奥の壁一面にファルスタッフを描いたステンドグラスがある。店の人によると、昔の主人がシェークスピアの作品“ファルスタッフ”が好きだったということだが、詳細はわからないと言う。食いしん坊で大酒のみの太ったファルスタッフはレストランのシンボルとしてはぴったりであったのだろう。
 さて、今日は4回あるファルスタッフ公演の最終日だ。サイトウキネンはオペラは最終日、オーケストラは初日と決めている。指揮はあの有名なファビオ・ルイージで、現在チューリッヒ歌劇場音楽監督、メトロポリタンオペラ首席指揮者である。今、ルイージは50代半ばだが、あと10年以内に世界トップ10の指揮者に入るのではないかと思っている。ちなみに、10年後の指揮者界を予想してみると、ベスト10の上位はSラトル、Cテイーレマン、Vゲルギエフ、P ヤルヴィ、Gドウダメルで、下位はAパッパーノ、FWメスト、Dハーデイング、Fルイージ、Aネルソンズあたりだろうか。次点にRシャイー、EPサロネン、Aギルバート等があげられる。日本人で入れるとすれば大野和士か上岡敏之か?私はこれまでルイージの演奏を2度聴いたことがある。5年前ウィーン交響楽団とのブラームス1番と3年前メトロポリタンオペラのドン・カルロ。いずれも良かったので今回も期待している。ファルスタッフはヴェルデイ最後の作品で最高傑作といわれているのでなおさらだ。
 私は、オペラを鑑賞する前に、充分予習することが重要だと考えている。なぜなら、全く知らないオペラをぶっつけ本番で見るとき、字幕を必死で読みストーリーを追いかけるだけで精一杯である。あらすじだけを知っていてもそれと同様で、とても音楽を楽しむ余裕などはない。たとえ1度DVDを見たりCDを聴いたとしても、何割かは字幕を見ることに集中力を割かれ、歌手の歌をしっかり聴くことができないばかりか、オーケストラや指揮者の音造りの良し悪しまでは神経が回らないだろう。少なくとも私程度のレベルではそうだ。ある大物オペラ歌手の有名なセリフが残っている。「オペラのクライマックスの場面で自分としては最高の出来で歌っているとき、さぞかし聴衆はうっとりとして私の歌う姿を見ているだろうと観客席に眼をやると、私を見ている人などだれもおらず、全員が舞台から顔をそむけ字幕を読んでいたんだよ」と。つまり、字幕を見なくてもセリフを思い起こすことができれば、歌手の歌い回しや演出の工夫のみならず、オーケストラの音や響きの良さなども同時に楽しむことができると思う。そういった総合的な面から、その指揮者の作品に対する姿勢や考え方に共鳴することができれば、幸せな鑑賞の仕方といえるのではないだろうか。
 私は今回、まさにしっかりとした予習を行った。その結果、この作品のすばらしさを充分に鑑賞でき、歌手陣のレベルの高さ、オーケストラの優秀さ、ルイージの納得できる音楽造りなどがわかったような気がする。とくにルイージの、溌剌としたメリハリのある音楽の進め方、不意に突然湧きあがる甘美なメロデイー、クライマックスの高揚感などが良かったと思う。一方、演出に関しては、大人数の場面での人の動きなどがもたつく感じがみうけられたが、伝統的なオーソドックスなものだったので、われわれ初心者にはありがたい。また、このオペラはセリフの量が多く、時には5人が同時に別々のセリフを歌ったりするのに、字幕には全体の3割程度しか出てこなかった。このオペラの本来のセリフの面白さをあれだけの量の字幕で表現することは、所詮無理なのではないかと思われる。歌手では、ファルスタッフは適役で歌唱力もあった。アリーチェのチャーミングさ、クイックリー夫人の滑稽さも及第点。ナンネッタはやや実力不足。全体を支えたのはカイウスとフォードの歌唱力と安定感であったような気がする。結論として、このファルスタッフは私がこれまで見たオペラの中で最高であった。


■オーケストラコンサート 8月29日 松本文化会館

 近年、このホールにおけるクラシック音楽活動の停滞ぶりは著しい。私はザ・ハーモニーホールの音楽会には年10回以上足を運ぶが、松本文化会館は本音楽祭の一回のみである。しかも、毎年この時期の館内空調はいつも具合が悪く、暑い。みなさんは併設されている喫茶店に入ったことがありますか。開演前は混むのが当然だが、その時間帯に入ってみると・・・・・。
 会場で、“千の風”の秋川さんと3年ぶりにお会いした。今日は一家4人お揃いだ。私の妻が幼稚園教諭をしていた時、秋川さんのお子さんの担任だったのだ。長男のフーガ君は9歳にしてすでに音楽家で、毎年ピアノリサイタルを行っており、今年は歌も歌ったという。秋川さんが私に聞く。「コンサートはどのくらい行かれますか」「一年に20回は行きます」「えーっ、20回も!」「秋川さんはどれぐらいコンサートをやりますか」「先月は15回でした」「えーっ、15回も!」「ウィーンの後はどこかに行かれましたか」「去年パリオペラ座で“ヘンゼルとグレーテル”を観ました」「えーっ、パリオペラ座!」「秋川さんもオペラをやりますよね」「この前“カルメン”をやりました」「えーっ、カルメンを!大作ですね。では、ホセ役を?」「そうです。良くご存じで」「秋川さんにしてはずいぶん暗い役ですね」「一般的なホセのイメージよりも情熱的にやりました」「いつかぜひコンサートに伺います」「今度招待しますよ」私が秋川さんと話していると、通りがかりのオバサマ達が次々と秋川さんを見つけてギョッとする。
 さて、コンサート。前半はモーツアルトの“グランパルテイータ”。私の大好きな曲で、実演は初めてである。とてもよかったが、この曲は少し長すぎて、聴く方にとって最後の方は飽きちゃったなあ。後半、オーケストラメンバーがぞろぞろと入場してきた。その大勢の中に小柄な小澤征爾が混ざっている。通常の演奏会ではオーケストラが揃って、音合わせが済んでシーンとなったところで指揮者が喝さいを浴びて登場するが、指揮者とメンバーが一緒に登場するのは伝統的なサイトウキネンでの小澤スタイルである。そういえば、4年前の下野竜也はこのスタイルだったが、一昨年のダニエル・ハーデイングと去年の大野和士は通常の演奏会のようにひとりで出てきたっけ。これは何かを暗示していると思われる。つまり、この二人はオーケストラメンバーと親密な関係にはなれなかったのではないかと。今日のコンサートマスターはいつもの頼りがいのある豊嶋泰嗣。これはただ見た目からの感じだけれど、彼がそこにいるだけで私は安心する。サイトウキネンと小澤征爾のベルリオーズ幻想交響曲は、私にとって約10年ぶり2回目である。音を慎重に確認するかのような緊張感ではじまり、聴衆も1つの音も聴き逃すまいと集中する。小澤征爾は1つ1つの音を大事に丁寧に振り、オーケストラも全身全霊しっかりとそれに答える。小澤の指揮は丁寧すぎて、以前は嫌気がさすこともあったが、今日はそう感じない。そして、これは私だけの感覚なのかもしれないが、小澤征爾の独特のうねるような粘り気のある響きがよみがえった。私にとって、演奏している全員が憧れの偉大なるスター達なのであるが、とくにフルートのジャック・ズーンとオーボエのフィリップ・トーンドウルはそこにだけスポットライトが当ったように輝いていた。この二人は終始にわたり存在感があり、オーケストラの大強奏の中でも埋没することなくフルートとオーボエが美しく響き渡っていた。終楽章にズーンが変なフルートに持ち替えて思いっきりボルタメントをかけた時は会場中が息をのんだ。終演後、小澤征爾は時間をかけて全員と握手し、カーテンコールは指揮者とオーケストラ全員で計3回行われた。


■ふれあいコンサート II 8月30日(ザ・ハーモニーホール)

 前半はバッハのフルートソナタとブラームスのクラリネット三重奏曲(ジャック・ズーン編曲/ フルート、チェロ、ピアノの編曲による)。ジャック・ズーンの独壇場である。オーケストラの時とは全く異なった吹き方で、柔らかな美しい音色を出していた。彼は昨年同様家族4人で夏の松本を楽しんでいるらしく、会場には15歳ぐらいのハンサムボーイと10歳ぐらいのインデイアンみたいなおさげ髪の少女が来ていた。通路を挟んだ後方の一列の関係者席には、オーケストラの有名な人々が座っていることが多いので、今日は誰が来ているのかなと見てみるのが楽しみの一つだ。
 後半はドビユッシーの弦楽四重奏曲。ヴァイオリンの加藤知子、渡辺實和子、ヴィオラの店村眞積、チェロの原田禎夫というサイトウキネン創立以来のおなじみのメンバーによる。これほど安心して聴けるメンバーも珍しい。第一、貫録が違う。原田禎夫のチェロのすばらしさには毎年感激するが、ヴィオラの店村眞積の何とも奥深く色濃い音色には圧倒された。彼の外観やイメージがそのまま音色になっているようだった。この4人の名演奏は、私にとっての今年のサイトウキネンの最後を飾るにふさわしいものだった。

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