糖尿病、生活習慣病の専門医院 松本市・多田内科医院

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多田久也のコンサート放浪記

(14)金沢のネヴィル・マリナー
ネヴィル・マリナー指揮 アンサンブル金沢オーケストラ
ハイドン 交響曲第96番「奇跡」 モーツアルト 交響曲第41番
2014年11月3日 石川県立音楽堂コンサートホール

 新幹線が開業して混雑する前にと、半年前から3泊4日の金沢旅行を計画していた。その2日目の午後に、アンサンブル金沢オーケストラの定期演奏会が開かれることをネットで知った。指揮はネヴィル・マリナーで、モーツアルトを演奏するという。この僥倖に私は狂喜した。古い街並みを歩き回り、美味しい物を食べることを楽しみにしていたこの旅行が、この演奏会のおかげで、さらに胸を躍らせる輝かしいものになった。ネヴィル・マリナーはアカデミー室内管弦楽団とのコンビで、とくにモーツアルトの演奏において一世を風靡した巨匠である。私はモーツアルトのオペラ序曲集のCDを持っていて、愛聴している。マリナーはもう90歳になるがかくしゃくとしており、音楽性も衰えを知らず、毎年のようにN響の定期演奏会に登場している。一方、アンサンブル金沢オーケストラはレベルの高い小規模オーケストラである。松本にもよく来てくれるのでなじみ深い。昨年は井上道義の指揮でエキサイテイングなベートーベンを聴かせてくれたのである。
 11月2日午後、車で松本を発ち、夕闇せまる金沢に到着した。ホテルに荷物を置き、さっそく、半年前から初日の夕食は絶対にここだ、と決めていた“猩猩(しょうじょう)”というお店に向かった。香林坊から坂を下ると小川の流れる小路があり、小さな石橋を渡って入る。金沢らしい良い風情だ。太田和彦氏の行きつけの店で、太田氏の本でもテレビでも紹介されている。カウンター7席と小上がりのテーブル1つの小さな造りで、上品で清潔だ。禁煙であることが重要なポイントだ。割烹料理店というには堅苦しくなくて良いお酒が揃っているし、居酒屋と呼ぶには失礼な感じがする。私はこういう店が大好きである。50がらみの池波正太郎似の主人は、ビデオで何回も見ているので、他人のような気がしない。地元産の刺身はどれも美味しく、とくに甘鯛とノドグロが珍しい。がすえびもいい。ハマグリの湯豆腐などを頼み、厳選された加賀のお酒を堪能した。最後に食べたさばのへしこの茶漬けは印象深かった。
 11月3日。午前は兼六園を歩き、県立美術館を見学した後に、館内に入っているあの有名なパテイシエの辻口氏の店でランチ。庭に面した斜めの全面ガラス窓に降り注ぐ欅や楢の落ち葉の雨に、旅情を感じないわけにはいかない。デザートはシェフ自慢のマロンケーキ。私は、小布施にある“栗の木テラス”(桜井甘精堂)でダージリン紅茶と食べるマロンケーキがこの世で最高と思っていたのだが、この認識を変えなければいけないようだ。午後は烈しい雨となった。県立音楽堂は金沢駅に隣接しているので、濡れずに入ることができた。
 演奏が始まってすぐ、フルートの有名な工藤重典がいるのにびっくりした。あとでパンフレットを見ると、なるほど、この楽団の特任首席奏者を勤めているという。パリ在住の彼がわざわざこの演奏会に来るのだから、やはり今日は特別なのだろう。私は9年前、工藤重典に会ったことがある。それは私が開業してまもなくのことで、サイトウキネンオーケストラコンサートの初日の前日だった。この程度のことは個人情報漏えいにはならないだろうから述べるが、彼は右足の痛風発作のため顔をしかめていた。私は彼に会えたのがうれしく、痛みで苦しんでいる彼の迷惑も顧みず、嬉々として握手してもらい、学生オケでフルートをやっている娘のためにサインまで催促したのである。翌日のコンサートへ私はもちろん出かけた。工藤重典はどのコンサートでも一番先頭で入場する。そのとき、彼は足を引きずることなく颯爽と出てきたので、私はほっとしたことを覚えている。
 前半の演奏でまず感じたことは、小編成の楽団のせいもあるだろうが、きれいなアンサンブルを奏でる優れたオーケストラであるということだ。ハイドンの曲は一般的に古臭くて堅苦しいというイメージであるが、私は嫌いではない。カラヤンーベルリンフィルのパリセット(82~87番)とロンドンセット(93~104番)のCDを持っていて、通して聴くこともある。今日の“奇跡”は、さすが巨匠らしく堂々としたものだったが、どこか艶っぽさが感じられる演奏であった。後半は、期待している“ジュピター”。演奏はまさにオーソドックス。マリナーは自分の個性を主張することはなく、いかにこの曲のすばらしさを表現するかに徹しているように思われる。それでいて、決して凡庸でも退屈でもない。なんという聴きやすい絶妙のテンポ、音のバランス、胸に残る心地よい響き。理想的ともいえるモーツアルト。ベームのような過剰にロマンチックな“ジュピター”ではなく、クーベリックのように雄大で立派なものでもなく、アーノンクールのびっくり仰天とは対極にあり、ブリュッヘンの修行のような厳しすぎるものでもなく、カラヤンのシンフォニック的でもなく、バーンスタインの感情的過ぎる演奏でもない。マリナーの指揮する姿は、小柄で地味でなんの面白みもないが、この人の存在感は格別といわねばなるまい。私は酔ったときなどに、「コンサートでは曲を聴くというよりも、どういう演奏なのかを聴くのだよ」などと生意気なことをほざいたりしたことがあったが、今日は曲そのものの感動が素直に私の心に沁み入ってきたのであった。
 音楽堂を出ると雨はすっかり上がって、清々しい陽射しのなか街路樹が涼しげにそよいでいた。私たちは、今晩なにを食べようかなあと話しながら、古い通りを求めて東茶屋街の方へ歩き出した。

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