糖尿病、生活習慣病の専門医院 松本市・多田内科医院

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くろべえ物語

第7話 僕の長い1日
 お風呂の蛇口からポタン、ポタンとしずくが落ちる音が、しんとした夜の闇の中から聞こえてくる。同じ間隔で拍子をひびかせると思うと、あいだで1つはずす。そのはずし方が微妙なリズム感を生み出し、なんとも小気味よい。僕はこの音を聞いていて、いてもたってもいられなくなった。あの事件以来、人間の入るお風呂に対しては大いなる恐れや慄きを感じているものの、一方では強い興味と憧憬を抱いているからである。水浸しでもうもうと湯気が立っている浴室は、こわいものみたさで覗いてみたいところなのだ。その事件というのは、先日たまたま浴室のドアが少し開いていたので、おそろおそる首を伸ばして中を覗いてみたとき、お風呂に入っているとうちゃんに捕まってしまった。こういうときのとうちゃんは過剰にふざけすぎるきらいがある。「くろべえもお風呂に入りたいか~」「にゃお~ん(いやだいやだ)」。いやがる僕をつかまえて湯ぶねに入り、両手でお湯の上にさし上げたのだ。僕にはとても冗談には思えない。僕は恐怖のあまりパニックに陥り、そこから逃れようと身をくねらせながら、とうちゃんの腕に猫キックをがんがん浴びせかけた。とうちゃんは「イテーツ」と僕を持ち上げていた手をはずしてしまった。ざっぶーん。突然我が身を襲った悲劇、衝撃、驚愕は筆舌に尽しがたい。かつおぶしを腹いっぱいあげるから、もう一度飛び込むかと問われれば、もうまっぴらだと答えるが、実はお湯に飛び込んだあの瞬間の、全身を包んだ熱い快感と、お尻から脳天に突き上げたシュポッポーの感覚が忘れられないのである。しかし、湯ぶねから這い上がったあとは、全身ぬれねずみ状態の不快感と惨めさでいっぱいだった。あれ、ちょっとまてよ、猫なのにぬれねずみだと?まあ、いいや。いずれにしても、こういう経験があるからこそ、浴室はひきつけられる場所なのである。幸い、今はお湯が入っていないのでそれほどの心配もないだろう。そっと湯ぶねの底に入り込み、くまなく匂いを嗅いだあと、人間が入浴しているまねをして僕も仰向けになったり、ごろんごろんをしたり、鼻づらを床にこすり付けて匂い付けをしてみた。次に、蛇口のぽたんぽたんを舐める作業に入る。とうちゃんがお皿に入れてくれる水よりもこっちの方がはるかに新鮮でおいしい。誰にも邪魔されず、おもうさまこれをゆっくり味わう嬉しさ、楽しさ。僕はこういう時を過ごすことに生きがいを感じるのだ。夜明けまでにはまだ時間があるので、2階の広縁にある僕の小さい家の中に入ってウトウトした。猫という生き物は1日平均14時間も眠っていることをご存知だろうか。しかし、熟睡するのはほんの5,6時間で、それ以外の8,9時間は眠っているように見えても、実は半分覚醒しているので、ちょっとした物音や人の話し声は全部聞こえているのである。特に眉毛やひげがピクピクしているときは人の話し声を聞いているので、油断禁物ですぞ。
 とうちゃんとかあちゃんが起きてきた音がするので、朝のご挨拶に僕も出かけていった。かあちゃんは「くろべえ、おはよう」とさわやかに話しかけてくれたが、朝一番のとうちゃんは不機嫌極まりない。それにしてもあのだらしなく汚らしい格好はひどいものだ。醜く寝癖のついたぼさぼさの頭、目脂やよだれのあとが生々しいひげ面、汗の匂いを発散している下着とよれよれのパジャマ。今日はそれでもパジャマを着ているからまだいいほうだ。僕がぼんやりとうちゃんを見上げていると、とうちゃんは濁った眼で僕を睨みつけ、「おい、べえ、どけ」といってお尻を蹴飛ばされてしまった。でも、朝ごはんを食べ始めると普通の優しいとうちゃんに戻るのである。お腹が空いているから機嫌が悪いのかねえ。大学受験勉強中で夜の遅いねえちゃんはなかなか起きてこない。階段の下からとうちゃんの「おーい、起きろー」という声が家中に響きわたると、「あいよー」という間抜けな声が聞こえてきた。隣家にまで聞こえるのではないかと心配になる。ねえちゃんがふらふらと夢遊病者のごとくやってきたが、眼がほとんど開いていない。眼を閉じていない証拠に、ちゃんと僕をまたいで歩いていった。
 あわただしく3人が出かけていった後は、また僕だけの世界に戻った。かあちゃんは台所や寝室の戸をしっかりと閉めていくが、それが全くの無駄な作業であることは、かあちゃんだって十分わかっているはずだ。僕の手にかかっては、この家の戸で開けることができない戸は1つもなーいのであーる。ここで諸君は、このオレサマがいかに努力家で学習能力が高い聡明な猫であるのかという自慢話を、しばらくの間我慢して聞かなくてはいけない。戸というものは引き戸もあれば、取っ手をひねってから押すのもあれば引くのもあり、様々である。だれもいない日中、僕は閉まっている戸に相対し、なんとかして自分の力で開けてみようと決心した。戸を引っ掻いたり、押したり、伸び上がってドアノブを撫でたりひねったりなどを繰り返して、どうすると戸が開くのかを、持ち前の執念深さで、秘術の限りを尽して、日々研究に明け暮れたのであった。もちろん、思いつくかぎりのあらゆる祈願、祈祷、念術を駆使したことは言うまでもない。その結果、ついに、とうとう、この家のすべての戸の攻略に成功したのであーる。であるからして、かあちゃん、いくら戸を閉めていっても無駄なのさ。
 今日も、いとも簡単に台所に侵入し、かあちゃんが居るときは絶対にできない、テーブルや調理台の上の探索を念入りにおこなった。おおっ、小さい袋に入ったかつおだしの粉を発見。これはこくがあっておいしいんだよね。いただきまーす。今度は床に落ちているごみやかすを丹念にチェックした。たまにはパンくずやコロッケの衣のかけらなどを見つけることがあるので、この拾い食いが楽しみの一つなのだ。ときには小さい羽虫をゲットすることもある。デパートの紙袋から何か細い糸のようなものがはみ出しているのを見つけた。これは面白いぞ。猫というもの、こういうものは、たまらなく口に入れてみたいものなのである。ムッ、味はしないがちょっとおつな口当たりだぞ。えーい、どんどん飲み込んじゃえ。あれっ。いくら飲み込んでもその糸は次から次へと袋の中から出てきて、きりがない。これはやばいぞ、と思っていたら、ゲーゲー苦しくなってきた。果てしなく長く細い胃カメラをどんどん飲み続けているようなものだ。自分で吐き出すこともできないから、もうどんどん飲み込むしか手はない。ゲーゲー。苦しいよー、かあちゃん。昼食を終えたとうちゃんとかあちゃんが、僕の散歩のため帰ってきた。待ちかねたよ、かあちゃん。2人は台所で苦しんでいる僕を発見して、糸を口から引っ張って抜いてくれた。2メートルもの長さの糸が僕の口から出てきたのであった。「おまえはばかだね~、本当に」と10回言われた。2人が午後の仕事に出かけていくとき、今日は玄関に正座し、感謝の念いっぱいの気持ちで見送ったのであった。
 再び僕1人になったので、家の中の見回りの時間だ。この家の中でとうちゃんの部屋が一番面白いというのは、結局、ガラクタが多いということだろう。とうちゃんの部屋に入って、まず目立つのは壁一面の備え付けの本棚だ。しかし、この本棚はとうの昔に本でいっぱいになってしまったので、床の上に本が積まれ、その本の山がたくさんできている。その山は日々増殖しているようだ。本の山脈を通り抜けると、とうちゃんの机があるので椅子の上でひと休み。あらためて本棚の方に目をやると、棚の一画に、黒いパンツとシューズをはき、赤いタオルを首に巻いてやけに長い顎を前に突き出している人形が、僕を鋭い目つきで睨んでいる。その横には「闘魂」と書いてある直筆の色紙が飾ってある。その隣にはなぜか、サントリーホールで買ってきたという指揮棒が転がっていて、昨晩もとうちゃんが1人で上半身を躍らせながらこれを振り回していたっけ。とうちゃんが乱心したのではないかと心配したよ。反対側の一画には、「勉強、勉強、勉強、勉強、勉強のみよく奇跡を生む。実篤」と書かれた古く茶色に変色した色紙が大事そうに立てかけてある。少年時代、知能指数が低いとうちゃんのことを心配したお母さんが買ってきたものだそうだ。こんなものをいまだに飾っておくということは、意志薄弱なとうちゃんも、すこしは努力しなければいけないと思っていたふしがある。しかし、とうちゃんの今の有様を見れば、結局は実行できず、ものにならなかったということがわかる。同情の感を禁じえない。椅子から机に上がりこみ、出窓に飛び移ると、「山崎」と書いてある瓶からつんとした嫌な臭みが漂っているのですばやくそこを通り抜けた。すると、人の爪の20倍ぐらい大きいしろのもが3個ころがっている。これは、南米の巨魚ピラルークのウロコだそうで、えもいわれぬこ惑的な芳香に一瞬クラッときた。次に、メノウ石のゴロゴロをまたいで進んでいくと、ちょうど窓際に面した30センチ四方の場所が僕の席で、とうちゃんが僕が座るために空けておいてくれる。ここに座って、外の景色を眺めると、竜のひげの草原にはマサキ、イチイ、ヒバ、ツゲなどが立ち並び、それらの木の枝にはスズメ、ヒヨドリ、ムクドリ、ときにはオナガ、モズ、キセキレイ、ツグミ、ジョウビタキなどがやってくるのだ。今日はヒヨドリが僕の2メートルも離れていないところに止まって、口をパカッと開けたままあらぬ方を向いてフンをした。鳥がこちらの気配に気づかないで無防備な姿をさらしているので、僕は興奮し、首の筋肉は硬直し、口が横に広がってヒゲがわなわなと震えだしたのである。
 夕方、ねえちゃんのベッドの上でうたた寝をしていると、3人が帰ってきた。眠いからお迎えにいくのが嫌だなあと渋っていたら、「おーい、くろべえー」ととうちゃんが大声で呼んでいた。僕、何か悪いことをしたのかな?ごっしゃがれるまえに、ぶじょほなー、て言おうかな。おっと、訛りがうつった。叱られる前に謝ろうという意味だ。とうちゃんは怒っているのではなく、喜んでいるのだった。「おい、べえ公。おまえ、有名な猫になったぞ」といって、僕の狭い額にとうちゃんの顔をこすりつけるのだ。それはこういうことだった。全国に約10万部発行される糖尿病の月刊誌「さかえ」に、とうちゃんのエッセイが4回連載され、そのなかで僕のことが写真入で紹介されたというのだ。とうちゃんが快挙を成し遂げたなどと錯覚してもらっては困る。後で聞いた話によると、とうちゃんはなぜかその本の編集委員なのだそうだ。とうちゃんが張りきって企画した「ドクター日記」なるものに誰も書いてくれないので、なんのことはない、「最初は仕方ないから、君が書け」と編集委員長から命令されただけのことなのである。そういえば、最近のとうちゃんの様子が変だった。夜一人で深刻そうな顔をして机に向かい、「う~む、もうすぐ原稿の締め切りか。人気作家はつらいぜ」などと意味不明なことをほざいていたことを思い出した。ちなみに、平成20年1月号には、とうちゃんが嫌がる僕を抱っこしている写真と、「10月×日。愛猫のくろべえと“猫の病院”に行きました。黄金色の眼をした真っ黒の5歳の去勢雄猫です。幼少から白血病のためインターフェロン注射を月2回受けています。性格は不従順にして挙動不審、ときには辛辣な傍観者です。」という文章が載っている。フン、まあいいだろう。2月号には「10月×日。運の悪い日です。廊下で愛猫くろべえのゲロを踏んでしまいました。・・・・室内暮らしの彼は、毎日とうちゃんと一緒に、リードをつけて庭の散歩に出かけるのが楽しみです。それにしても、猫の散歩につきあうほど退屈なものはありません。あっちでクンクン、こっちでクンクン、石の上で座り込み。」とある。退屈どころか、とうちゃんも草花を見たり虫を探したりして楽しんでいるはずだぞ。どれどれ、3月号には「11月×日。褐色のきれいなジョウビタキが来て、庭の中をヒッヒッと飛び回っていました。くろべえが窓からそれを見つけ、色めき立ちましたが、どうにもなりません。」4月号には僕のアップの写真と、「1月×日。夜、くろべえが窓から脱走しました。この猫は異常に臆病な大バカ者で、外ではとうちゃんでさえ捕まえることができません。迷子になってしまうことだけが心配です。暗闇に眼を凝らすと、庭の隅で何か黒いものがぴょんぴょんしています。玄関のドアを開け放ち、走って追い回したら、自分から家の中にピューッと逃げ込んでいきました。あとで、とうちゃんに厳しく叱られたことはいうまでもありません」などと書いてあるそうな。僕に内緒で、よくもまあ勝手なことを書いたものだと憤慨したが、本当の話だからしょうがないかな。しかし、これがきっかけで、夏目漱石の猫よりも有名になれるかもしれない。とうちゃんの話によると、漱石の猫は小説の中では「吾輩は黄を含める淡灰色に漆の如き斑入りの皮膚を有している」と書かれているが、実際は、全身真っ黒の猫で、漱石も奥さんも猫はあまり好きではなく、名前すら付けてもらえなかったというかわいそうなヤツなのだ。ビールで酔っ払い、かめに落ちて溺死したらしい。享年5歳。ノラ猫出身、黒猫、享年5歳などは僕と共通するが、僕の場合は家族に恵まれたので、彼よりもよっぽど幸福な人生を送ったのである。
 夜になると、いつもは3人がかわるがわる僕の相手をして遊んでくれるが、今日は誰もかまってくれない。かあちゃんは1人でなにかゴソゴソとやっているし、ねえちゃんは部屋で勉強している振りをしているし、とうちゃんは本の山を崩しては、また別の本の山を作って満足している。実は、猫というもの、みんなでわいわいするよりも、家族のそばでじっと佇み彼らの挙措を横目で観察しているほうが心の安らぎが得られるのである。そんなことを考えながら、トイレに行こうと思い、暗い廊下を歩いていると、突然「キャーッ」「ギャッ」という声が近くで聞こえた。キャーッというのはかあちゃんの声であり、ギャッというのは、なに、しっぽを踏まれた僕の悲鳴だ。僕は何も悪いことはしていないのに、「おまえはどうしてそんなに黒いの。暗いところでは、いるのかいないのかはっきりしてよ」と怒られてしまった。
 家族の寝る時間が迫ってくると、僕の一日のうちで最も重要な儀式が始まる。布団に入って本を読んでいるとうちゃんの周りをぐるりぐるりと歩き回っていると、「おい、べえ。こっちに来い」といって、引き寄せられた。僕は引っ込み思案なので自分から甘えることはできない。抱っこされるのも嫌いだ。頭を撫でられても全然うれしくない。しかし、お腹を撫でられるのだけは大好きなのである。とうちゃんの枕元の右側に、背を向けて横たわると、とうちゃんの右手が僕の両足の間からお腹へとのびてくる。僕の右足は自然と天井に向かってピンと跳ね上がる。とうちゃんの手はお腹を撫でるというよりも、むしろ手のひら全体でマッサージをするような動きをする。僕は眼を閉じてグルグル、ゴロゴロし、しばしの間夢うつつのときを過ごす。これが終わると、とうちゃんの足元の毛布の上にいって、両手の爪を立ててオシオシと足踏みをする。この行動を、人間の学者が、欲求不満の表れだとか、一種の逃避行動とか、勝手に解釈しているようだが、実は僕にもよくわからない。ただ、こうしていると、手の先から体の芯に向かって快感が拡がっていくのである。僕は去勢しているのに、身体が熱くなってきて、そして、床をズリズリと・・・・。これ以上は差し障りがあるので書くことができない。さて、今度は、暇つぶしに、ねえちゃんの部屋にいって遊ぼうかな。姉ちゃんのところに行けば癒されること間違いなし。

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